2月23日、「指導・監査・処分改善のための健康保険法改正研究会」が発足し、その基本的提言が厚生労働省で記者発表された。弁護士5名で始めた私的研究会であり、共同代表は筆者と石川善一弁護士である。山梨県甲府の石川弁護士は、保険医療機関指定取消処分等に対する行政訴訟で溝部達子医師の訴訟代理人を単独で務めて、国相手に甲府地裁・東京高裁で完勝(国の上告断念で確定)した。その他のメンバーは、東京の小嶋勇弁護士、広島の根石英行弁護士、青森の礒裕一郎弁護士であり、事務局は甲府の「みぞべこどもクリニック」の溝部医師が担当する。
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提言は多岐にわたった。しかし、緊急の必要最小限の具体的提言は、厚生労働省地方厚生局による保険医(医師、歯科医師)に対する個別指導や監査に際し、健康保険法を改正して、保険医が弁護士選任をすることをその権利として認めなければならない、というものである。
厚労省地方厚生局による保険診療に関する個別指導や監査は、基本的には健康保険法に基づく。立会い等に関して、現行の健康保険法では第73条第2項(監査に関しても同条項を準用)に、「厚生労働大臣は、…指導をする場合において、必要があると認めるときは、診療…に関する学識経験者をその関係団体の指定により指導に立ち会わせるものとする。」と規定されているにすぎない。
実務上は、各県の医師会が関係団体としてその医師会役員等を指定し、指導や監査の場に立ち会っている。ただ、医師会立会いは、中立公平な立場で指導・監査の行き過ぎをチェックできるにすぎず、それ以上に踏み込んで、指導・監査対象の保険医療機関・保険医を弁護したり代理したりしてはならない。健康保険法上、弁護権も代理権も認められていないのである。
弁護士については、必ずしも全国各地で統一されておらず、各地の地方厚生局の各県の事務所で違いはあるが、弁護士「帯同」として普及しつつあるのが現状であろう。しかし、「帯同」というのは奇妙な用語であり、正式な法律用語とも言い難い。意味は、一緒に仕事をする者として弁護士を連れて行く、といったニュアンスのものであろう。弁護士には、代わって発言したり、法律的な行為をすること一切が、公式には認められていない。せいぜい指導・監査対象保険医に、その場で内々に相談・助言できるといった程度の建前である。
しかし、これでは医師の権利を守れない。
だからこそ、健康保険法を改正して、医師の弁護士選任権を確立し、弁護士による弁護や代理をできるようにすべきなのである。
現行の保険診療の法システムは、健康保険法という法律が大本を定め、療担規則(保険医療機関及び保険医療養担当規則)という厚生労働省令が保険診療の準則を定め、診療報酬改定という厚生労働省告示が保険点数を定めているものの、指導・監査は専ら通達任せといってよい。指導大綱、監査要綱という行政通達での定めにすぎず、権利義務の根幹を定める法律も省令も告示も欠落している。
そのため、法の一般通念が行き渡っておらず、法の一般原則も確立されていない。法システムが前近代的なままに取り残されている、といっても過言ではないであろう。
そこで、法の一般原則が確立されなければならない。研究会の基本的提言では、4つの法原則が採り上げられた。
これらの法原則の提言は、医師の医療権(診療権)を確立すべきとの考え方に基づいている。往々にして、医師には義務や責務ばかりが強調され、医師の権利は蔑ろにされてきた。この医療権こそが今後は確立されなければならない。
もちろん、医師の医療権はそれ単独で存在するものでなく、常に患者(国民)の受療権(公的医療受給権)と共にある。その意味で、医師と患者は信頼関係に基づき一体であるといってよいであろう。だからこそ、医療崩壊や萎縮医療は、すなわち国民皆の損失なのである。
根本的には、憲法の基本的人権の定めに由来し、憲法第13条(個人の尊厳、幸福追求権)がその究極であろう。しかし、国民皆保険制の日本においては、憲法第25条(生存権)を忘れてはならない。生存権を定める第25条第1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と明示した。そして、この生存権を実現するために、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」(憲法第25条第2項)のである。厚生労働省は、指導・監査・行政処分の各部面においても、憲法第25条の第1項と第2項を特に遵守しなければならない。