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指導・監査・処分の「3つの不幸」◆Vol.1 医師の自死、贈収賄事件、保険医等の違法処分

石川 善一(石川善一法律事務所 弁護士)

(2012年4月5日 m3.com 医療維新掲載) http://www.m3.com/iryoIshin/article/150156/

 はじめに

 保険診療をした後の法律関係(権利・義務関係)には、大きく分けて、2つの局面がある。保険医療機関からの診療報酬請求の局面と、保険医・保険医療機関に対する指導・監査・処分の局面である。

 前者の法律関係を定めているのは、健康保険法および厚生労働省告示(「診療報酬の算定方法」)であり、その告示の別表(点数表)は、詳細に定められ、かつ2年ごとに改定されている。このことは、医療関係者が広く知るところである。

 他方で、後者の法律関係を定めているのは、健康保険法および厚生労働省令(「保険医療機関及び保険医療養担当規則」)であるが、指導・監査・処分に関する同法令の根本的構造は、1942年の同法改正以来(すなわち大日本帝国憲法下から)、変わっていない。

 本稿では、後者の法律関係の問題の深刻さを医療関係者に広く知っていただくために、まず、指導・監査・処分における「3つの不幸」、すなわち保険医の自死、保険医・指導監査官等の贈収賄、保険医等に対する違法処分について、振り返りたい。そして、「みぞべこどもクリニック」の溝部達子医師に対する保険医療機関指定取消処分および保険医登録取消処分に関する行政訴訟の代理人を務めた弁護士の立場から、「3つの不幸」の原因・関係は何か、今後、そのような「不幸」が繰り返されないようにするために何を改めたらよいか、筆者の認識している問題の所在と意見の概要を、計3回の連載でお伝えしたい(『国が上告断念、「保険取消は違法」が確定』などを参照)。

 1.開業医(保険医)の自死

 2011年、新潟市内の開業医が地方厚生局の個別指導10日後に自殺したことは、日本医師会の臨時代議員会で報告され、多くの医療従事者の注目を集めたが(『46歳開業医が自殺、個別指導が原因か』『個別指導に疑義、委縮診療も招きかねず』を参照)、このような不幸は、以前から繰り返されてきた。

 矢吹紀人著『開業医はなぜ自殺したのか』(あけび書房)によれば、古くは1952年、長崎県と広島県で厚生省の監査が行われ、「20数人が処分されて自殺を出す『高松技官事件』が起きた」ほか、1959年には、埼玉県と宮城県で、監査を受けた直後に保険医が自殺し、1965年には、山口県で保険医が監査直後に焼身自殺し、1993年には、富山県で、開業医が個別指導で「こんなことをしておられると、医者ができんようになるかもしれないなー」などと言われた後(約2カ月後であるが、「毎日、注射を受けにくる腰痛や肩痛の患者さんを、どうやってへらしたらいいんか」などという「悩みの2カ月」の後)、自殺している。

 また、2007年9月には、個別指導で「こんなことをして、おまえすべてを失うぞ!」などと言われていた東京の歯科医師(保険医)が、監査の直前に自殺した(東京歯科保険医協会の東京社会保険事務局に対する同年10月4日付け「抗議文」。詳細は同協会のホームページを参照)

 さらに、同年には、7月の個別指導から鬱の症状を呈していた鳥取市の開業医が、10月に保険医登録と保険医療機関指定の各取消処分を受けた後の特異な経緯も経て、同年12月に自殺した(日本医事新報2012年3月3日号16ページ)。

 このような不幸が繰り返されていることは、その原因が当該個別指導・監査の担当官個人ないし保険医個人の問題ではなく、すべての個別指導・監査ないし保険医に関係し得る問題であることを示している。

 2.保険医・指導監査官等の贈収賄

 指導・監査に関する不幸には、もう一つ別の一群がある。2007年には、地方社会保険事務局の指導医療官が保険請求への指導をめぐり有利な取り計らいをした見返りに、大学同窓会役員である保険医から現金を受け取ったとして、いずれも逮捕され、有罪判決を受けた。

 2010年には、厚生労働省(本省)の特別医療指導監査官(逮捕時は課長補佐)がコンタクトレンズ診療所に指導・監査に関して便宜を図った見返りに、同診療所を系列に有するコンタクトレンズ販売会社の役員から現金を受け取ったとして、いずれも逮捕され、有罪(医療指導監査官は実刑)判決を受けた。これらは、自らの犯罪行為について逮捕され、各判決を受けただけとも言えるが、このような犯罪行為に至ったことは、当該保険医・指導監査官等の各個人にとっても、指導・監査という制度自体にとっても、不幸なことである。

 これらの贈収賄の原因が当該個人のモラルの問題にとどまらないことは、誰しも思い至るところ(すなわち、過去の日本を見ても、現在の世界の各国を見ても、法治制度の進化の問題)であるが、厚生労働大臣は、本省課長補佐にかかる2010年の事件を受けて初めて、「保険医療機関等に対する指導・監査の検証及び再発防止に関する検討チーム」の設置を指示した。しかし、その同年12月17日付け「中間とりまとめ報告書」を見ても、「指導大綱・監査要綱等の体系に基づき行われている指導監査業務について、不正行為の発生を防止できるものとなっているかという観点から確認を行う。……指導対象の選定方法等そのあり方について見直しを行う」という程度にとどまっている。

 3.保険医等に対する違法処分

  保険医・保険医療機関に対する指導・監査の後の行政処分においても、不幸はある。2005年11月、当時の山梨社会保険事務局長は、溝部達子医師に対する保険医登録取消処分と「みぞべこどもクリニック」の保険医指定取消処分(以下、「本件各取消処分」という)をした。しかし、同医師は、本件各取消処分の取消請求訴訟(以下、「溝部訴訟」という)を提起し、2010年3月31日の甲府地裁判決は、「本件各取消処分は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の範囲を逸脱したものとして違法となり、取消しを免れない」と判断して、各処分を取消した(『医師が国に勝訴、「保険医登録取消処分は違法」』を参照)。

 国は控訴したが、2011年5月31日の東京高裁判決は、甲府地裁判決の理由を一部改めながら、国の控訴を棄却し、同判決は確定した(『「保険指定取消は違法」、東京高裁が国の控訴棄却』を参照)。

 このような違法な本件各取消処分により、保険診療がいったんできなくなり(2006年2月に甲府地裁が執行停止決定をした後は、保険診療ができるようになっていたが)、東京高裁判決の確定により同処分が取消されるまでに、5年半余り(初めての個別指導が中断され、患者調査が実施されてからは、6年半余り)を要したのは、不幸なことであった。

 本件各取消処分に至った原因は、その違法な処分をした当該地方社会保険事務局長ないし担当官等の個人的な問題にとどまらないはずである。「人による行政」ではなく、「法律による行政」の下では、個人的な事情があったとしても、本来、法律に違反する行政処分はできないはずである。

 

◆Vol.2 「担当官の「広範な裁量」を限定する法改正が不可欠」へ続く