(2012年5月4日 日経メディカルオンライン 私の視点 掲載) http://medical.nikkeibp.co.jp/
前項8のオ(1)〜(4)のような付増評価は、「不正請求」から自然に生ずる評価ではない(特に「国民」の用語は繰り返されている)ので意図的なものである。
その付増評価をした意図が何であるかは、断定できない。しかし、そのような評価(考え方)が、医道審議会の中(この「改正」後に選任された委員)だけでなく、その公表・報道で国民に広まることによって生じる弊害(その危険性)は、推定できる。すなわち、次のようになる危険性がある。
第一に、「不正請求」と判断された医師はまず、画一的に前記の付増評価をされることで悪者(いわば「国民」の敵の悪徳医師)のレッテルを張られる。次いで、そのような医師に対する行政庁の処分については、当然に厳しくすべきであるという判断(実体的判断)が導かれ、厳しい処分をする行政庁は、国民からも支持される可能性が高くなる。さらに、そのような医師は、国民・住民や他の医師・医療団体からも白い目で見られ、処分を争うこと(司法救済を求める手続的権利の行使)なども、理解を得られず、支持されなくなることになりかねない。その結果、レッテルを張られた医師は、違法な取消処分であっても、司法救済を諦めてしまう。
第二に、「不正請求」との疑いをかけられた医師は、過失(監査要綱では重大な過失)でも「不正請求」と判断されれば、処分を受けるだけではなく、自分の診療とその報酬請求の実態を越えて、前記付増評価をされる(すなわち悪徳医師のレッテルを張られる)ことに、大きな恐怖を感じる(中には、自死する医師もいる)。
第三に、一般の医師も、仮に「不正請求」と判断されれば、保険医登録取消処分を受けるだけでなく、医業停止処分を受けて悪徳医師のレッテルを張られることの恐怖から、個別指導などで指導医療官などから「不正請求」の疑いがあると指摘されることを恐れ、患者のための診療を心掛けること以上に、「不正請求」の疑いをかけられない深慮をするようになる。いわゆる萎縮診療である。
刑法で明確に要件が定められた犯罪のようなものであれば、一般の人は萎縮することはない(それが罪刑法定主義の役割の一つである)が、「不正請求」は犯罪行為のように明確なものではなく、解釈の違いによっても、過失によっても、「不正請求」となるのである。
国家権力が「不正請求」という曖昧で広範な概念を用いながら、画一的に「国民の信頼を裏切り、国民の財産を不当に取得しようという」「国民皆保険制度の根本に抵触する重大な不正行為」と断罪的評価をするのは、以上のような危険性がある。その危険性は、国家権力が、その意向に反するような行為を曖昧で広範な概念でとらえて、「非国民」「反革命分子」などと画一的に断罪するのと同類である。
また、このような画一的・付増評価をしたのが行政庁自体ではなく、その行政権力の行使をチェックする機能を果たすべき医道審議会であることは、他の審議会や委員会(○○○安全委員会など)と同様に、その機能低下の危険性を示すものではなかろうか。