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保険医等処分取消訴訟の判決内容を無視した改正 医道審議会の「行政処分の考え方」に異議あり

石川 善一(石川善一法律事務所 弁護士)

(2012年5月4日 日経メディカルオンライン 私の視点 掲載) http://medical.nikkeibp.co.jp/

 8 医道審議会の「考え方」の根本的理由(「不正請求」の画一的評価)の誤り

 医道審議会は、「改悪」を正当化する根本的理由として、前記(2)「診療報酬の不正請求は…職業倫理の基本を軽視し、国民の信頼を裏切り、国民の財産を不当に取得しようというものであり、…制度の根本に抵触する重大な不正行為である」と画一的に評価している。
 しかし、「診療報酬の不正請求」の中には、医道審議会が示したように評価できるものもあれば、そうでないものもある。従って、全てを画一的にこのように評価することは、誤りである。

ア 保険医等処分取消訴訟の「不正請求」についての東京高裁の考え方

 例えば、溝部医師は、通常はもちろん対面診察をしながらも、インフルエンザ流行期にある来院患者にインフルエンザウイルス抗原迅速診断検査(陽性)を実施し、インフルエンザウイルス感染症と診断した上、その家族で来院していない者について、来院患者から同じ症状であることを具体的に聴き取り、インフルエンザウイルスの感染力や、他の家族の罹患状況(既にインフルエンザウイルス感染症と確定診断していること)なども併せて考慮し、例外的に、対面せずとも「診察」といえる情報を得られたと判断し、インフルエンザ感染症と診断してリレンザを処方した。これは医師として、インフルエンザ感染症の危険性や、リレンザの安全性や早期投薬の必要性などを考慮した上での患者のための判断であったが、「無診察処方」とされてその診療報酬が「不正請求」とされた。
 東京高裁判決は、溝部医師(被控訴人)のその他の「不正請求」「不当請求」と認めた行為も含めて、前記3「比例原則の考え方と行政処分」の判断基準を前提として次の通り判断した。

 「確かに、被控訴人の行為は、いずれも保険診療上許容されるべきでものはなく、長期間にわたってはいるものの、患者のためを思っての行為であり、悪質性は高いとまではいえないものが占める割合が多いこと、その金額は多額ではないこと、また、不正・不当請求も被控訴人自らの利益のみを追求するようなものではなく、いずれも患者の希望や要請に基づいて、患者のためを思って診察ないし処方を行っていること、他事例で行われているように、被控訴人および本件診療所に対しても、個別指導を行った上で経過を観察したり、再度の指導をするなどの方法を採ることや、監査を行った上で他の措置を行うことも十分可能であったことからすると、取消処分を受けた場合、保険医としても保険医療機関としても再登録・再指定は、原則5年間できないという実情にかんがみると、被控訴人および本件診療所に対する本件各取消処分は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の範囲を逸脱したものとして違法となり、取消を免れない。」

イ 保険医等に対する取消処分の広範な基準

 監査要綱(厚労省保険局長通知)は、「地方厚生(支)局長は、保険医療機関等または保険医等が次のいずれか1つに該当するときには、…取消処分を行う」として、次のような広範な基準を定めている。
 (1)故意に不正または不当な診療を行ったもの。
 (2)故意に不正または不当な診療報酬の請求を行ったもの。
 (3)重大な過失により、不正または不当な診療をしばしば行ったもの。
 (4)重大な過失により、不正または不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの。

ウ 保険医等処分取消訴訟における国(厚労省)の主張(画一的判断)

 保険医等処分取消訴訟の控訴審において、国(控訴人)は、上記基準を正当化する理由として、「監査要綱が定める前記…(1)から(4)の基準は、悪質な態様で健康保険法および療担規則ないし健康保険関係法令が確保しようとする理念を大きく損なう行為を類型化したものであり、これに該当する違反をした保険医療機関または保険医が類型的に医療保険という公益的業務を担う者として不適任であると判断される」と主張した(すなわち、医道審議会の前記画一的評価と同様の画一的判断である)。そして、この主張を前提に、甲府地裁判決の前記諸事情の考慮について、「裁量権の逸脱、濫用の有無の判断に当たって、処分理由となった行為の動機をはじめとする上記の各事情を勘案することは、健康保険関係法令の趣旨・目的との関係で考慮に値せず、あるいは考慮すべきでない事情を考慮するものである」と主張した。

エ 保険医等処分取消訴訟における東京高裁の判断と医師等に対する処分

 しかし、東京高裁判決は、次の通り判示して、国の主張を退けた。
 「監査要綱が定める上記基準で要件とされている事項が処分に際して考慮すべき中核的な事情であることは明らかであるが、保険医療機関の指定および保険医の登録の各取消処分が事実上、医療機関の廃止および医師としての活動の停止を意味する極めて重大な不利益処分であることにかんがみると、健康保険法の解釈として、処分の際に考慮すべき事情がこれらに尽きるということはできず、処分理由とされるべき行為の動機をはじめとする上記の諸事情も処分に当たって考慮しなければならないと解すべきであるから、控訴人の上記主張を採用することはできない」

 上記判決は、健康保険法に基づく保険医登録等の取消処分についての判断であるから「事実上」と判示したものであるが、医師法に基づく医業停止処分は、法律上「医師としての活動の停止を意味する極めて重大な不利益処分」である。
 従って、医道審議会は、医師法の解釈として、「処分の際に考慮すべき事情が」診療報酬の不正請求「に尽きるということはできず、処分理由とされるべき行為の動機をはじめとする上記の諸事情」、すなわち(a)処分理由となった行為の態様、(b)利得の有無とその金額、(c)頻度、(d)動機等の諸事情「も処分に当たって考慮しなければならないと解すべきである」。

オ 「不正請求」の付増評価の誤り

 冒頭の医道審議会の改正に関する(2)の根本的理由は、「診療報酬の不正請求は…である」と画一的判断をしている点で、以上の通り誤りであるだけでなく、その判断内容が「職業倫理の基本を軽視し、国民の信頼を裏切り、国民の財産を不当に取得しようというもの」「国民皆保険制度の根本に抵触する重大な不正行為」という付け増し評価である点でも誤りである。

 すなわち、「不正請求」は本来、「健康保険法令」との関係で「正しくない」請求(旧厚生省の通達では「不実の請求」)である。その意味で「不正」請求という評価は受けても、溝部医師のように東京高裁判決が「いずれも患者の希望や要請に基づいて、患者のためを思って診察ないし処方を行っている」と判示する事案もあれば、医道審議会自身が「個々の医師の過失の度合いが適正に把握できない」という事案もある。

 ところが、医道審議会は、「健康保険法令」との関係での「不正」の評価に付け増して、(1)「職業倫理」の関係で「基本を軽視」と断じ、(2)「国民の信頼」との関係で「裏切り」と非難し、(3)「国民の財産」との関係で「不当に取得しよう」という故意の金目当てのように言い、(4)「国民皆保険制度」との関係で「不正」にとどまらず「根本に抵触する重大な不正」という評価をしている(厚労省は、「不正請求」のうち診療行為の回数、数量、内容等を「実際に行ったよりも多く請求」しているものを「付増請求」と分類しているので、これにならって以下では「付増評価」という)。

 

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